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要件を言おうか

マックで働くフリーターの備忘録

批判殺到の「絶歌」を読んでみて、彼の気持ちが少しばかり理解出来た気がする

読書
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1997年に起きた神戸連続児童殺害事件。別名酒鬼薔薇事件とも呼ばれています。
児童二人を殺害し、そのうち一人の頭部を学校の門に挑戦状を添えて置いた。
そんな常軌を逸した猟奇的殺人事件の犯人が、14歳の少年であるという事実は当時の日本中を震撼させました。

2015年6月11日、その事件の犯人である元少年Aが執筆した手記「絶歌」が太田出版により刊行されました。



この手記の刊行は多くの波紋を呼びました。
当然否定的な声が圧倒的多数です。
「絶歌」のAmazonレビューをご覧になればわかると思うけど大荒れです。
また、テレビタレントや識者たちも、声を揃えて否定的な見解を示しています。

早々に出版差し止めの動きが遺族によって行われています。
当然の流れでしょう。

この事件には僕自身興味あったので早速本書を買って読みました。
殺人鬼の印税収入に貢献するのは、かなりの抵抗がありましたけども・・・

そんなわけで感想を述べていきたいと思います。

モンスター酒鬼薔薇聖斗

 

本書は二部構成になっています。
一部が、彼の生い立ち、事件を起こした経緯と少年院での暮らしぶり。
二部が、少年院を出た後の生活。

そして第一部では、モンスター酒鬼薔薇聖斗の異常性が、本人の口から余すところなく語られています。

なんといっても戦慄したのは淳君殺害のシーンが事細かに彼の言葉で書いてあるところ。
第三者が書くのと、実際に殺害した張本人が書くのとではわけが違います。
読むことに辛さを伴う経験はしたことがなかったですが、このシーンで初めて辛いと思いました。
一部抜粋させていただきます。




中学校の正門に着くと、門の前に自転車を停め、ビニール袋から淳君の頭部を取り出し、さてどこへ置こうかと思案をめぐらせた。
水色の正門の真ん中がいいか?白塗りの塀の、中学校の名前の入ったプレートの真下にするか?
いろいろと悩んだ挙句、僕は門の真ん中に頭部を置き、二、三歩後ろに下がって、どう見えるか確認した。
その瞬間、僕の世界から、音が消えた。
世界は昏睡し、僕だけが独り起きているようだった。
地面。
頭部。
門。
塀。
堀の向こうに聳える校舎。
どの要素も、大昔からそうなっていたように、違和感なく調和し、融合している。
まるで一枚の絵画、映画の中のワンシーンのようだった。

「絶花」97Pより引用

ブログ用 神戸市立中学校
出典神戸連続児童殺傷事件Wikipedia
※写真は実際に淳君の頭部が置かれた学校

切断した淳君の頭部を学校の門に置くシーンがこのように回想されています。
そして彼はこの風景を「美しかった」と告白します。

正気の沙汰ではない。
狂気の沙汰である。

読むのが辛かったのと同時に怒りがこみ上げてきました。
こういったシーンの数々を遺族が読んだらどう思うのだろうかと。
いや、きっと読めないだろう。読めるわけがない。読んでほしくない。

ナメクジを解剖。猫を殺害して射精。友達にナイフで襲いかかる。
彼の口から語れる異常性極まりないエピソードの数々。

幼少期の彼は疑いようもなく、救いようもないほどのモンスターです。


罪の意識に苛まれて

 ブログ用 黒い影

後味がとてつもなく悪く、気持ち悪い余韻を残しながら、第一部を読み終えました。
覚悟はしていたけども相当たる内容でした。
もし第一部を読んでそのまま本を閉じてしまったら、僕は少年Aに対しては嫌悪感しか残らなかったでしょう。
きっと多数の否定派の方たちと同じ意見しか言えなかったでしょう。

しかし第二部を読んだおかげで、僕は彼の心情が少しばかり理解できました。
彼がどこまで本音を書き記しているのかは定かではないけど、これだけは断言できます。

彼が自分の犯した罪に苦しんでおり、またその罪に対して真正面から向き合っているのだと。

昔の彼は紛れもないモンスター酒鬼薔薇聖斗です。
しかし国が行った少年A更生プロジェクトにより、彼はモンスターからただの常人へと変貌を遂げています。

彼は今やただの平凡で非凡な常人で、そして毎日罪の意識に苦しんでいる男です。

彼の真意の全てを測るのは本書だけでは不可能ではあるけど、そこだけは真実だと思えました。
読書とは筆者との対話であると誰かが言いました。
僕は酒鬼薔薇聖斗の言葉一つ一つを真剣に聞き、彼と対話したつもりです。
その中で僕が下した結論は、今の彼はモンスターではないということです。

昔いじめていた弟への感謝。母への感謝。父への感謝。自分をサポートしてくれる人への感謝。仕事仲間への感謝。

二部は人への感謝の気持ちが並ぶ。
愛を知らなかった少年が愛を知った。
同時に愛を奪った自分への葛藤も増大する。

そこには、以前のモンスター酒鬼薔薇聖斗の片鱗は微塵もありませんでした。

こういった本の出版に賛否両論はあってしかるべきだと思います。
しかし、否定派の方たちはぜひ第二部だけでも熟読願いたい。

諸悪の根源は少年法



本書を書いた元少年A。本書を商品に変えた太田出版。販売する場所を提供した書店。
最初に記したとおり、「絶歌」出版は各所で批判が殺到しています。

そして遺族たちへ知らせずに本書を刊行した経緯もあり、遺族は出版差し止めを求めています。

この一連の騒動の問題の本質はなんでしょうか?
僕は一番の問題は少年法だと思います。

通常であればこのような残虐な殺人を犯した場合は即刻死刑になる。
情状酌量の余地はあるまい。
しかし彼は社会復帰して今は普通に生活しています。
彼が死刑にならなかった理由は、事件を起こした時彼が14歳だったからです。
彼は少年法によって守られたのです。いや、生かされたのです。

とっとと吊るしてしまえば、遺族もそれ以上苦しむことはなかったのです。同時に少年Aも、己の犯した罪を背負いながら社会で生きる必要はなかったのです。

しかし少年法は彼を生かしました。
そして手厚い国家プロジェクトにより、彼酒鬼薔薇聖斗は通常の人間へと更生させられ、事件から7年経った2004年、社会に放たれました。

考えていただきたい。

殺人犯である彼が、社会に解き放たれて今後どう生きろと言うのでしょう?
自身の命を差し出さないで、どう罪を償えというのでしょうか?

償えない。償えるはずがない。

少年法に守られなければ、「絶歌」出版もなかったのです。
本書は遺族への謝罪のためでも、事件の真相を伝えるためのものでもありません。
彼自身の自己救済のための本です。
この本を書かなければ精神を保ってられないから書いたのです。

身勝手な理由だとは思いますが、反面その気持が少しばかり理解できてしまう自分がいるのも事実です。

この事件の影響で今は法改正され、14歳以上から刑事罰の対象となったそうですが、やはり真の批判は当時の少年法に向けられるべきだと僕は思います。

追記

 

彼を擁護するような内容と受け捉えかねない記事になってしまいましたが、もちろん彼がしたことを許せるわけではありません。
できることならとっとと自らの命を断って死んでほしいぐらいに思ってます。
しかしそれは現実的なことではありません。
だからこそ一生罪と向き合って、生きていってほしいと切に願うばかりです。

そこで疑問に思うのが、「絶歌」の印税はどうなるのかということ。
彼が本気で反省して罪と真剣に向き合っていることは、僕が本書を読み終えて確信できました。

しかし印税を全て自分の懐に入れるのであれば話は別です。

報道されてる内容によると、現時点で彼が受け取る印税収入は2000万だといいます。
真に反省して、己の犯した罪を背負って生きているのであれば、当然その印税は遺族に渡すはずです。
全部とまでは言わなくとも、それ相応の額を差し出すべきでしょう。

つべこべ言わずとも、人間性を測るのは簡単です。
金の使い方を見ればいいのです。

彼が仮に印税を全て自分の懐に入れるようであれば、僕の見解が間違っていたということでしょう。

今後も彼の動向を見ていきたいと思います。