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麻酔発見の裏に隠された泥沼劇 - 狂う医者と気まぐれな女神

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麻酔が人類にもたらした恩恵は計り知れない。

麻酔のおかげで患者は痛みを感じることなく手術を受けることができ、麻酔がなかったら、ちょっとした虫歯の治療でさえ拷問の模様を呈してしまう。

そんな麻酔を発見したのが「ホレス・ウェルズ」。
彼はまさに人類にとって救世主、になるはずだった。

ウェルズは1人の詐欺師の企みにより、人類に多大な貢献をしたにもかかわらず名声にも金にも恵まれず、悲惨な最後を遂げることになる。

麻酔発見の裏に隠された泥沼劇。

本記事ではそんな泥沼劇のあらましを、独自の視点で読み解いていく。

目次

 

麻酔なしで手足を切る地獄の現場

 

麻酔が誕生する以前、医療の現場は地獄だった。

暴れる患者を押さえつけ、無理やり手術台に縛りつけ、意識がある状態で身体を切り開く。

古代医療では「悪いところはとりあえず切る」というスタイルが主流だったため、切る必要もないのに、まるで大根でもさばくかのようにスパスパ手足を切っていた。無論、麻酔なしで。

患者は痛みのあまり泣き叫び「こんな苦しみを受けるんだったら死んだほうがまし!」と絶叫する。

それだけの苦痛を耐えながら、手術を受けた患者の80%は術後ショック、出血多量、感染症で死亡する。確かにこれなら手術を受けずに死んだ方がましかもしれない。

昔の医者は、患者の叫び声を無視する鋼の精神力、そして素早く術式を終える手際の良さが要求されていた。

麻酔なしで外科手術を受けたある患者は、その恐ろしい体験についてこう記録している。

そのときの痛みについては何も言おうとは思いません。
私が経験した痛みはとても言葉では言い表せませんし、幸いにもその感覚をもう呼び覚ますことはできないからです。
あの激痛はもう忘れてしまいましたが、何も感じられないのに激しく渦巻いている感情、闇に飲み込まれるような恐怖、神にも人にも見捨てられたという感覚、あれは絶望に極めて近いもので、それが私の精神を貫き、心を押しつぶしていったことは忘れられません。

「エーテル・デイ 麻酔法発明の日」神にも人にも見捨てられて、より引用


「神にも人にも見捨てられた感覚」という一文が当時の恐怖を鮮明に物語っている。

医者だって人の子である。泣き叫び絶叫し暴れ狂う患者を見て何も感じないわけがない。患者を痛みから解放する方法を真剣に考えてきた。

例えば患部を冷やして感覚を鈍らせたり、例えばワインを大量に飲ませて酩酊状態にしたり、またはアヘンを使用したり、あるいは頭部を殴打して一時的な失神状態にしたり。

現代の医療から考えればその方法は稚拙かもしれないけど、当時の限られた知識で必死に試行錯誤していたのだと思われる。

そして時は19世紀。
ホレス・ウェルズがひょんなきっかけから麻酔を発見する。

 

麻酔の発見、それは偶然だった

 

ニュートンは木から落ちるりんごを見て「万有引力の法則」を発見した。

偉大なる発見は偶然によって生み出されることが少なくないし、麻酔の発見も偶然だった。


1815年1月21日、アメリカのバーモント州の裕福な家庭で生まれた「ホレス・ウェルズ」。

ホレス・ウェルズ

画像引用元: File:Wells Horace.jpg - Wikimedia Commons


ウェルズは歯科医師を志し、21歳の時に歯科医を開業。
ウェルズは野心家だったため、空いた時間はアイディアを考えたり、発明に没頭していた。
かといってウェルズは別に金儲け第一主義というわけでもなく、常に患者のことを考える真面目な青年でもあった。

1844年。
ウェルズは「亜酸化窒素吸入効果の大実演会」のイベントに参加する。

人は「笑気ガス」とも呼ばれる亜酸化窒素吸入すると滑稽な行動を取るので、それを面白おかしく見物するのがこのイベントの趣旨。

「実際問題、笑気ガスを吸入するとどうなるの?」

と、興味を持たれた方は、笑気ガスを吸入した方の動画を拝見するとイメージがつくかもしれない。



なんかもうめっちゃ笑ってる。

明石家さんまだってここまで人を笑すことはできまい。後半は笑いすぎたせいか疲れてうなだれている。ちょっとコワイ。

ともかくウェルズは、この笑気ガスのイベントを見物する。
そこで奇妙な現象を目にするのである。

笑気ガスを吸った知人が舞台で暴れ回り、椅子に足をぶつけて血を流していたのだ。
驚くことに、この知人はウェルズが指摘するまで自分が怪我をしたことすら認識していなかった。

そこでウェルズは気づく。

「もしかして亜酸化窒素は痛みを感じさせない効果があるのかもしれない・・・」と。

ウェルズは家に帰り、すぐさま行動に移す。

自ら亜酸化窒素を吸入し、仲間の歯科医に親知らずを抜いてもらった。

さてはてどうなるか。本当に痛みを感じずに治療できるのか。

結果、ウェルズは痛みを感じることなく親知らずを抜くことに成功。

疑問は確信に変わる。
「亜酸化窒素は痛みを感じさせない!これなら患者に無駄な苦痛を与えないですむ!」

こうした経緯を経て、ウェルズは自分の歯科医で亜酸化窒素を使い始める。

「痛くない歯医者」の誕生である。

患者からすれば、虫歯を治すために筆舌に尽くし難い苦痛を耐えなければいけないが、ウェルズの歯科医は痛みを感じず治療を終えることができる。
患者はウェルズの歯科医に殺到する。

1845年1月、ウェルズはこの亜酸化窒素を用いた治療を広めるために、マサチューセツ総合病院で公開実技を行う。
ここで公開実技が成功すればこの素晴らしい治療法が世に広まり、医学会に革命が起きる。
しかし失敗した。

患者役の学生に亜酸化窒素を吸わせた上で抜歯を行ったが、亜酸化窒素の濃度が普段使っている量より少なかったため、患者役の学生は呻き声を上げ苦しんだ。

「あれ?」
「めっちゃ苦しんでないか?」

ざわつく見物人。
そしてウェルズに「ペテン師!」と暴言を投げかける人も現れた。

人類を痛みから解放した英雄、医学会の革命児、などという称号は一切与えられず、待ち受けていたのは残酷な罵詈雑言だった。

ウェルズは逃げるようにその場を後にする。その姿はとても英雄のそれではなかった。

 

詐欺師「ウィリアム・モートン」が麻酔を手に入れるまで

 

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ウィリアム・モートン

画像引用元: ウィリアム・T・G・モートン - Wikipedia


モートンは詐欺師であり、不正経理、文書偽造、小切手偽造、代金の踏み倒し、などの犯罪に手を染める札付きのワルだった。

ある新聞紙はモートンについて、「言われているほどの悪人でないとすれば、ここで彼を知っている者はみな、彼の性格を完全に見誤っていたことになる」とボロクソな評価をしている。

「だったら早く捕まえろよ。何してんだよ警察は!」と正義感に溢れた方々は語気を強めてそう言うかもしれない。

しかし、法律の不備だったり、未成年という理由でお咎めなしだったり、様々な土地を転々としていたりで、モートンを捕まえるには決定的な何かが足りなかった。
そのため、モートンの悪事は見逃されてきた。

モートンは散々悪さをしたあげく、流れに流れ着いてウェルズに出会う。

そこでモートンはこれまでの自分を改め、ウェルズの下で真面目に働く道を選ぶ。
人は誰だって変われる。たとえ詐欺師だって。

しかし、公開実技に失敗したウェルズを見てモートンは再び詐欺師に戻る道を選ぶ。

「この亜酸化窒素を使えば大儲けができる」

「公開実技が失敗したのはあくまで亜酸化窒素の調整に失敗したからであり、亜酸化窒素自体に効果がないわけではない」

やはり詐欺師はどこまでいっても詐欺師である。金の匂いは決して逃さない。

モートンはウェルズから麻酔の詳細を聞き出し、1846年10月16日、ウェルズが公開実技に失敗したマサチューセツ総合病院で公開実技を行う。

したたかなウェルズは、同じ亜酸化窒素を使ってはウェルズのようにペテン師呼ばわりされるだろうと考え、亜酸化窒素と同じ効果を持つ「エーテル」を使う。
結果、見事に公開実技は成功した。

人類が痛みから解放されたこの記念すべき日は後に「エーテル・デイ」と呼ばれ、麻酔発見のニュースは瞬く間に医学会を駆け巡る。

これでようやく患者を痛みから解放できる。
もう患者を手術台に縛りつける必要も、阿鼻叫喚の悲鳴を聞くこともない、はずだった。

 

麻酔を金儲けの道具に利用したモートン

 

モートンにとって麻酔は単なる金儲けの道具にすぎない。
医学を進歩させ、患者を痛みから解放するなどという崇高な理念はこれっぽちもなく、いかに麻酔を使って金を稼ぐかしか考えていなかった。

モートンは公開実技からわずか11日後に麻酔の特許を申請し、翌月には認められた。
モートンは特許を取ることで、麻酔から得られる利益を独占しようともくろんだのである。

これにより医者が自由に麻酔を使うことは不可能となる。
勝手に麻酔を使えば特許権侵害。使うには使用料を払わねばならない。

これには医学会から抗議の声が上がった。
麻酔が自由に使えれば患者は苦しみから解放される。全ての医者が自由に麻酔を使えるようにするべきであると。

単なる詐欺師でしかないモートンはそんな医学会の声をガン無視。
それどころか、麻酔の吸引器具を大量に発注し、麻酔と一緒にセット販売をしようとする。
なんとも小狡い男である。

 

もくろみが外れるモートン。そして泥沼へ

 

そもそも麻酔に使われたエーテルは地球上のどこにでも存在する有機化合物のため、タダ同然で手に入る。

小狡いモートンはエーテルを「リーセオン」という名前に付け替え、しかもオレンジ香料を混ぜタダ同然のエーテルだとバレないようにして売り出す。

しかし、プロの医者からしてみれば、「いや、それエーテルでしょ?」と簡単に見破られてしまう。
そして医者たちは麻酔の正体がエーテルだとわかると、モートンの「リーセオン」を購入せず、エーテルを使って麻酔を行い始める。

政府も政府で麻酔の正体がエーテルだと判明した途端、特許などお構いなしに戦争でエーテルを使ってしまう。
これは特許権侵害である。

しかし、法律上はモートンに理があっても、特許権侵害の数が膨大すぎるし、第一政府が味方してくれないとなれば、モートンに勝ち目はなかった。
モートンは苦し紛れに政府に対して、「特許の代わりに10万ドルの報奨金をよこせ」、とカツアゲじみた要求をしたが虚しく無視される。

結果、モートンの経営していた義歯工場は閉鎖となり収入は0。モートンの元には使い物にならない大量のリーセオンと吸入器具の在庫が残り、転がるように奈落の底へと転落していく。

 

泥沼劇の果てに

 

モートンはエーテルを麻酔として売り出す前に、チャールズ・ジャクソン博士に相談していた。
ジャクソンは親切にモートンにエーテルの効果的な利用方法をレクチャーした。

そうした経緯があったため、モートンによって麻酔が世に広まると、ジャクソンは「自分こそがエーテル麻酔の発見者だ!」と言い始める。

この争いに元々の発見者であるウェルズも参戦。
これにより三者による争いが始まり、数十年にも続く泥沼劇となる。

ウェルズは「名誉」を、モートンは「金」を、ジャクソンは「両方」を求めた。

麻酔を巡る争いが続く中、3人は精神的に追い詰められていく。


モートンは麻酔を巡る争いの中で、精神的にも経済的にも苦境に立たされる。
なんとか支持者を集めようと各地で講演をするものの、結果は振るわない。

1868年7月15日の夜、モートンは宿泊していたホテルを出て妻と共に馬車に乗る。
するとモートンは突然馬車を飛び降り公園の池にダイブする。
警察官に救出されたが、運ばれる馬車の中で死亡した。
その時モートンと一緒にいた妻のミセス・モートンは当時をこう回想している。

警官が2人がかりで、そっと座席に担ぎ上げてくれました(夫を)。
私には何もできませんでした。恐ろしさにぼうっとしていたのです。
気がつけば死にかけた男と2人きり、見ず知らずの人々に囲まれ、夜中の11時に暗い公園にいたのですから。

エーテル・デイ 麻酔法発明の日 「毒を持つ日差し」より引用



ジャクソン博士も争いの渦中で精神に異常をきたす。

酒に溺れアルコール依存症となり、1873年、突然意識を失ってしまう。医者の診断によれば脳卒中の麻痺だった。
目覚めると意味不明な言動を発するようになり、そのままボストンの精神病院に入院することになる。
そこで7年間の入院生活を送り1880年に息を引き取った。


そして、元々の発見者であるウェルズは一番悲惨な最後を遂げた。

騒動に疲弊したウェルズは自身の歯科医を廃業。
その後、「手動ポンプシャワー」などという、わけのわからないバッタもんを売り出したり、複製画に額縁を入れて本物に見せかせて売ろうとするなど、誰の目から見ても迷走していた。
迷走の末、ウェルズはもう一度歯科医として返り咲こうと考え、麻酔作用があるクロロホルムの研究に没頭する。

しかし、クロロホルムの研究に没頭するあまり、自身がクロロホルム中毒になってしまう。

クロロホルム中毒に陥ったウェルズは、1848年1月、複数名の女性に無差別的に硫酸をかけた罪でブタ箱にブチ込まれる。
ウェルズは法廷で中毒状態から正気に戻り、自分のしでかした罪の重さに愕然とする。
絶望的な感情に囚われたウェルズは、密かに持ち込んでいたカミソリで左足の動脈を切り開き自殺する。


3人は麻酔第一発見者の座を賭けて争ったわけだが、この3人の中から勝者は生まれなかった。
むしろ、麻酔のせいで3人の人生は狂い始めたと言ってもいい。

麻酔は人類を痛みから解放し、近代医療に凄まじい恩恵をもたらしたが、その発見者たちには決して恩恵を与えなかったのである。

 

偶然の女神はいつだってきまぐれ

 

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ウェルズは公開実技に失敗した時なぜ「分量が違ったのかもしれない」と気付けなかったのか。
なぜモートンだけが「分量が違う」と気付けたのか。

残念ながら筆者の手元にある資料にはその答えは記されてないし、関係者全員がこの世にいない以上、真相はわからない。

ただこれだけは言える。
ウェルズは麻酔発見の偶然には恵まれたが、人との出会いという偶然には恵まれなかった。

東京理科大学大学院M I P教授、石井康之氏の論文「発明・発見と偶然の多様性」によれば、発明・発見はその意義を顕在化させてくれる人との出会いが大事であるという。

発明・発見とその当事者との関係を取り持つ偶然の意味は多様である。
発明・発見に遭遇する過程では,日頃の研さんから培われた知性や洞察力が重要ともいわれる。
こうした知性や洞察力が,セレンディピティーの1つの具体的意味合いなのかも知れない。
ただ,発明・発見へと導き,その意義を顕在化させてくれる人との出会いや,発明・発見の意義を拡大させてくれる偶然との出会いなどは,セレンディピティー的な本人の能力だけでは説明づけられない。
そこには,当事者を偉大な発明・発見へといざなう,不思議な力が存在するのかもしれない。


ウェルズは自分の発見を適性に評価してくれる人間と出会えなかった。
もしウェルズが公開実技に失敗した時、「分量間違えてるんじゃないですか?」と指摘する人に出会えていれば歴史は変わっていたはずだ。

しかし出会えなかった。
不幸にもウェルズが出会ったのは詐欺師だった。

偶然の女神がいるのであれば、彼女はひどくきまぐれな性格をしているのかもしれない。

 

おわりに

 

麻酔が効くメカニズムは、実は現在に至るまで完全には解明されていない。

様々な仮説が提唱されてはいるが、現代の医学を持ってしても真相はわからず、「麻酔薬は細胞の何かを阻害しているんだろう」と雑に結論づけられている。

乱暴な言い方をすれば、「理由はわからないけどとりあえず痛みを和らげるから使ってる」というのが現状である。

というのも、麻酔は研究の末に「発明」されたものではなく、あくまで偶然「発見」されたものにすぎない。
故に、発見した本人たちですら麻酔と人体の関係を正確に理解していない。
こうした経緯が「麻酔がなぜ効くのか?」という疑問が解決されない理由の一端なのかもしれない。

ただ、偶然にせよなんにせよ、麻酔のおかげで現代に生きる我々が計り知れない恩恵を受けているのは間違いない。

もしも現代に麻酔がなければ外科手術は地獄と化するため、「合法的に人に拷問できる!」と考えた不道徳極まりないサイコパス犯罪者予備軍たちが、こぞって医者になるかもしれない。

そんな世界線、嫌すぎる。

であるからして、ウェルズ先生には感謝してもしきれない。
本記事がウェルズ先生の名誉回復に少しでもつながれば幸いである。

【参考資料】
発明・発見と偶然の多様性
痛みと麻酔の歴史
医療の挑戦者たち(15)
あの天才がなぜ転落 伝説の12人に学ぶ「失敗の本質」
麻酔 - Wikipedia
エーテル・デイ―麻酔法発明の日
ろうさいニュース「全身麻酔について」
19世紀の野蛮な外科手術 ― 拷問にも等しい痛みと80%の死亡率
The Ether War