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要件を言おうか

マックで働くフリーターの備忘録

「好きなことで生きていく」脳内お花畑のユーチューバー予備軍たち

持論語り
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最近YouTubeのCMが活況です。
はじめ社長、ヒカキン、マックス村井、人気ユーチューバーがこぞってCMに出ている。

好きなことで生きていく」をキャッチフレーズにし、様々なユーチューバースタイルを発信している。



これはYouTubeを視聴する人に向けたCMではなく、 ユーチューバーを志す方に向けたものであると考えられる。
好きなことで生きていくを文字通りに取れば、自分の趣味ややりたいことをして、金銭を得ることを指すのだろう。
もちろん僕も好きなことで生きていけるのなら、これほど幸せなことはないと思うけども。
しかし動画を見ただけではわからない。好きなことで生きていくのがどれほど大変なのかを。


トップユーチューバーたちは金儲けのことなど一切考えてなかった

 



スーパーマリオブラザーズのBGMをビートボックスで再現した動画が、注目を浴び瞬く間に全世界中で再生された。
言うまでもない。ヒカキン氏です。
このヒットによりヒカキン氏は一躍スターダムに上り詰める。
ウイル・スミスと共演したり、数々のテレビCMへの出演、書籍出版など、YouTubeの枠を超えて大活躍するまでになる。
年収が1億を超すとまことしやかに囁かれているほどだ。

ネット動画はこれから右肩上がりになるだろうと踏んだGoogleは、満を持して「好きなことで生きてく」広告を世に打ち出したのである。

ふざけた動画をアップして、生活しているユーチューバーたちの姿を写しだしたCMが日本中を駆け巡った。

このCMを見て感化された人は思ったのだ。

「毎日好きなことで生きていけるんだ!こんなに楽しそうな生活ができるんだ!」

感化されるのは一向にかまわない。
問題なのは、簡単に好きなことで生活していけると勘違いしてしまう点でだと僕は思う。
このCMは綺麗な面しか映し出していない。
そこにはどれだけの努力と葛藤があったのかなど、CMを見ただけじゃ皆目検討がつかないのです。
それを理解せず、簡単に成功できると勘違いして、ユーチューバーを志すのはやはり問題だと思う。

未来のユーチューバー予備軍たちは、毎日動画をアップするのがどれだけ大変なのか理解しているのだろうか?

それに、ヒカキン氏やはじめ社長は最初からYouTubeで稼ごうとも、これで生活していこうとも考えていなかったと思う。
純粋に趣味でやっていたはずです。
ヒカキン氏に至っては、収益プログラムがないころから動画をあげていたのだから。
動画投稿を続けられた理由は、それこそ純粋にYouTubeが好きだから。


才能がないやつは模倣する

 



「好きなことで生きていく」広告に感化された方の動画を拝見すると如実にわかる。
あまりの個性の無さが。

商品紹介や、ありふれた「やってみた」シリーズ。
そこにオリジナリティは一切介在していない。
才能がないやつは、表面的な部分だけを真似る。だから結局どこかで見たような動画ができあがってしまう。
真似るべきは表面的要素ではなく、本質的な部分であるべきです。
ブロガーにしろ、ユーチューバーにしろ、創作活動において「個性」は重要です。

全くの無名ユーチューバーが商品紹介などを行っても、そこに需要は全くと言って皆無なのです。
個性なき創作は誰の目にも触れずに、ネット上に漂流する電子のゴミとなるだけです。

好きなことで生きていくのは考えている以上に大変なのだ

 

サッカーのプロになることを夢見て毎日練習する少年たち。
来る日も来る日もボールを蹴り続け、夢に向かって努力をし続ける。
さて実際に彼らの内どれぐらいの人数が、プロのサッカー選手になることができるのか。
答えは1000人に1人だけです。
プロの世界は狭き門なのです。
ではプロになったらその後の人生はバラ色かと問われれば、もちろんそんなこともなく、今度はさらに厳しい競争が始まることになります。

日々の練習。
体調管理。
過酷なレギュラー争い。
結果を求められる試合。

努力の連続だ。
しかしこれだけの努力をしようと、プロとして成功できるかはまた別問題。
日本を見てみると、現在圧倒的に成功しているスター選手といば、本田圭佑ぐらいのものでしょう。

ロナウジーニョマラドーナを目指して、過酷な練習に取り組むのだけど、ここからプロになることはまだしも、スター選手になるのは宝くじの一等を引くぐらい確率が低い夢というのが現実だ。

好きなことで生きていくとはいい言葉だけど、勘違いしてはいけない。
好きなことで生きていくのは想像以上に大変なことなのです。



「宝くじ買う人っているじゃない。あんなの、普通に買ってて当たるわけがないのにさ。それなのになんで買うのかと言えば、『夢を買ってる』っていうんだけど……、
その言葉を聞くたびに私なんかは思っちゃうわけだよ――

『現実を買え』


自分が得意な場所で勝負しよう

 



好きなことが自分の得意なこととは限らないわけです。
いくら努力をしようとも才能がなければ、プロサッカー選手になることができないのが現実。
誤解を恐れずに言えば、報われない努力は無駄。
同じ100の努力をしても成果が違うのは、向いているか向いていないかの差です。

努力は報われる場所で行うべきで、自分が不得意な分野、才能がないと思われる分野ですることではない。
好きなことは趣味でやることをおすすめします。
自身の生活基盤とするのものは、自分の得意な分野にしておくべきだと思います。
それでも好きなことで生活したいというなら止めないが、その後の人生の成功を僕は保証できない。




僕は、好きなこと、やりたいことを仕事として選ぶという感覚は皆無です。
20年以上やってきた予備校講師という仕事だって大嫌いな仕事ですが、誰よりもできるという自負のもとに続けてきました。
もちろん、自分でそう思ってきただけでなく、生徒の動員状況や顧客満足度といった客観的な評価のもと、決して努力を「主観的に評価する」ことなく、この仕事を続けてきたのです。
プロ野球選手や物理学者といった「夢」を、周囲を見回しながら次々と諦めて、言い換えれば自分の可能性を一つひとつ消しながら今の講師業にたどり着いたのです。
こういう「仕事観」を持つ僕は、一方で、好きなことは趣味としてお金を払ってやればよいと思います。
その分野が自分に適正があり、勝てる場所だと認識し、その技術やサービスに対して払われるお金に責任をとる。
責任をとることに対してプライドを保てる。
それが僕の考えるプロフェッショナルであり、僕の、「仕事観」です。


林修の仕事原論 


最後に言っておくけど、ユーチューバーになるのなんて止めたほうがいいよ

 



先程から何度も言っているように、僕は好きなことで生きてくという考えには否定的な立場を取ります。
だって僕がいきなりバンドマンになって、「武道館でコンサートやるぜ」なんて言ったら頭おかしいでしょ(笑)
月火ちゃんの言葉じゃないけど、「現実を買え」って話です。
夢を追いかけるのは個々人の自由だけど、人生の時間は有限ですから、そこらへんも考えた上で決断したほうがいいかと。

さてユーチューバーの話に戻します。
結論から言うと、ユーチューバーになるのは簡単だけど、それで生活するのはまず無理だから止めたほうがいいよってこと。

ユーチューバーで生活してる人たちは、ほとんどの人が動画投稿が好きなのです。
だから毎日動画投稿をすることができ、今日に至るまで継続できたのでしょう。
別段彼らはYouTubeで儲けようとか、YouTubeで生活しようとかは考えていなかったはず。
そんな野望があったら、もっと別のことにエネルギーを注ぐと思います。

本当に好きなことで生きていくというのなら、一年間はまず赤字だということを覚悟してください。
よっぽどの才能があるとか、喋りがうまいとか、美男美形とか、超能力が使えるという話でなければ、まず登録者数は爆発的に伸びたりしません。
漫画みたいなシンデレラストーリーは起こりません。

また、GoogleがユーチューバーのCMを打ったため、今後さらなる過渡競争が予想されます。
苦しい戦いになるでしょう。

やってみたシリーズ。商品レビュー。
はっきり言います。これらのジャンルはもう飽和しています。
よっぽど斬新な切り口で攻めないと勝機はないでしょう。

YouTubeだけで生活している人は現在どれぐらいいるのでしょうか?
恐らくその数は50人にも満たないと思います。※日本の場合に限ります。
空いている席は限りなく少ないです。


それでもあなたはユーチューバーを目指しますか?

 
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愛場 大介(ジェット☆ダイスケ)
光文社
2014-08-07